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2011年4月26日

アレクセイと泉

再び鍼灸師の友達と映画を観に行って来ました。今回はアレクセイと泉(Алексей и Крыница)という2001年の作品で、世界各国の映画祭で数々の賞に輝いています。

舞台はベラルーシでナレーションは全てロシア語ですが、監督はなんと日本の写真家(本橋成一)で、音楽は坂本龍一。なんかスゴイ。

そこに描かれていたのは、とある小さな村にこんこんと湧き続ける泉と、その泉を大切に守りながら自給自足の生活を続けている村人達の姿でした。ほとんとが高齢者というブジシチェの村で、アレクセイという若者だけが働き手として村に残っています。

雪が降る冬の日も、毎日バケツを持って泉の水を汲むアレクセイ。その隣には泉の水を使った洗濯場があり、ばあさま達が板の上で洗い物に石鹸をこすり付け、泉の水ですすぎます。この湧き水の存在が、村人の生活を支えているのです。

村には水道もガスもなく、電気もほとんど使いません。ペチカと呼ばれる暖炉兼オーブンが未だに現役で、煮炊きは全て薪をくべて行っています。ばあさま達は昔ながらの道具で糸を紡ぎ、織物を織ります。じいさま達は木を切り倒し、斧ひとつで器用に木組みを作り、釘ひとつ使わずに仕上げます。ほとんどお金を使わない生活なので、年金を貰っても誰も貯蓄などせずに、塩や石鹸やウォッカなどを買って飄々と暮らしているのが素敵。

この映画を観ていると、ブジシチェの平和で愉快な村の暮らしにほのぼのとした気分になってきてしまうのです。豊かな自然に囲まれたナチュラルな暮らしに憧れを感じるのは、自分が都会育ちだからかも知れないけど。。。ですが、この舞台はちょっと特殊な環境にあります。

実は現在、地図上にブジシチェという地名は存在していません。1986年のチェルノブイリ事故で高濃度の汚染を受けたブジシチェ村は廃村となり、子供達を含めたほとんどの村人が政府の勧告に従って町へと移住しました。特に付近の森はかなり濃度が高く、事故から14年後の撮影中にも測定器が鳴り続ける状態だったといいます。

そんなブジシチェの村にただひとつ奇跡が。。。
なんと彼らの湧き水は全く汚染されていなかったのです。

「保健局の人は、ここで暮らすと病気になるという。彼らは僕たちを説得しようと、泉の水を持ち帰って調べた。だけど放射能は全く検出されなかった。僕たちの泉はキレイだった」

この映画の美しさはここに集約されている気がしてなりません。

参考までに、2001年当時のブジシチェ村のセシウム(137Cs)の値が載ってました:
単位:キュリー/平方キロ (Ci/Km2)、2001年5月19日測定
  • パーティの広場 -- 6
  • ジャガイモ畑 ----- 10~12
  • 学校跡地 -------- 20
  • 薪をとった森 ----- 60~150
  • 泉の水 ----------- 検出されず
日本で報道されている単位と違うのでピンと来ませんが、事故直後40キュリー以上が強制移住地域とされた事を鑑みると、ブジシチェが行政上の廃村となった理由も分かるような気がします(上記の測定値は事故から14年後のものです。事故直後はもっと高濃度だったと考えられます)。

本日4/26はチェルノブイリ事故から25年目にあたるそうです。上記のセシウム137の半減期は30年だそうですから、あと5年待ってやっと半分という事でしょうか。

まあ半減期の話はさておき。。。
もしかしたら日本にもあるかも知れません、奇跡の泉。

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2011年4月24日

About the aftershocks

Here in Japan, we're still having lots of aftershocks, and it'll probably continue for long time.

Since the huge earthquake hit on 3.11, the underground structure of Japan has been completely changed. Now we can see the evidences that there are lots of new unknown cracks underneath us.
The aftershock happens when those uneven energy naturally wants to balance. When it shakes, I can feel that the earth is trying to stabilize itself.

During April, there were at least 2 big aftershocks which was larger than M7.0, and one of them happened inland of Fukushima, right south of exploded nuclear plant. This area never caused big earthquakes before, but now we frequently hear the aftershocks coming from this region. (The nuclear plant didn't go worse, by the way)

So it has to move - we can't stop the earthquakes, because It's a natural process.
As a Japanese, it's difficult to face the ongoing disasters, but we also know that each and every shake is leading us to more stable and harmonized ground structure.

Every time I feel the aftershock in Tokyo, I check where it came from. It's really interesting to see many small shakes coming from the same source. Each one was between M4.0 - 6.0, shake level varies from 3 to 5+, and it shook us almost everyday.

For me, it's really scary every time it shakes. But on the other hand, it also looks like the earth is dividing its power and shaking in separate timeline (which is much safer for us than a huge energy released at once). I like this point of view because it makes me feel more thankful for each little shake.

There was an article in National Geographic saying Japan earthquake was powerful enough to move the axis of the earth, and it has shortened our day time a little. (It also happened in 2004 Sumatra, and 2010 Chile earthquake)

This will probably affect the earth's environment again, and no one knows what's going to happen next, but I feel it all could lead itself into positive changes. Like our ground which needs aftershocks to be stabilized in balance... Even the radiation is stabilization process of nuclear substances... (although it takes decades to settle)
So the nature knows how to balance itself. What about us?

There's always shadow where the light is.
When the shadow is darker, we can assume that the light behind is getting stronger.
That's probably the way we could sense hope in the darkness.

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2011年4月10日

断捨離プロジェクト

友達が断捨離(だんしゃり)してると言っていたので、何のことだろうと思って調べたら、モノへの執着を捨てて身の回りをシンプルにする事を指すらしい。

実は昨年ワゴンRで旅行に出ていた間も、いろんな意味でモノとの関係を考えさせられたのでした。例えばロシアで出会ったミーハ(24)は若いくせに「この世には"いま"と"ここ"しか存在しないんだ。他のものは全て幻想だ。」と言って、余分なモノを一切持たなかったし、僅かな持ち物を惜しみなく分け与えてくれるような奴でした。

翻ってみると、自分のワゴンRには最後の最後で処分に困るほどモノが溢れていたわけで、ピーター(64)にも「君はモノが多すぎだ」と笑われていたほどです。彼らには言えませんでしたが、さらに東京の実家と家財一式を預けたレンタル倉庫には、気が遠くなるような量の私物が詰まっているわけで。。。みんなこれを見たらきっと腰を抜かすに違いない。。。

。。。だけど、冷静に考えて実際にこれらのモノを活用しているかというと、全然使ってません。
なので、先月から思い切って少しずつ処分を開始してきました。

やってみて気付いたのは、モノを買うのは簡単だけど、処分するのは難しいし時間がかかる!ということです。。。使えるモノを捨ててしまうのは勿体無いのでリサイクルなどに振り分けたりするのですが、それに伴う選別とか持ち運びの労力がハンパない。たっぷり時間がないとキツイですね。幸い今は絶賛ニート中で助かってますが。orz

さらに今回の大震災も、今まで執着があったモノを手放すきっかけになったと思います。地震が来て、さあ逃げろ!となった時に何もかも持っていけるわけじゃない。今回私があわてて引っつかんだのはノートPC、手帳、携帯、財布、GARMINのカーナビ(あほ)でした。
※要するに、7ヶ月のワゴンR旅行で一番大事にしてたモノの条件反射だったと後で気付いた。。。

つまり、殆どの持ち物はイザという時に持っていけないわけで、だったら後生大事にモノを溜め込む必要は無かったんだなと思います。必要なものは必要な時に買って、使わなくなったら必要としている人に譲るか、思い切って処分する。そうすればいつか、限られた部屋のスペースも広々と使えるに違いない!?

思えば、ここ最近の一番の断捨離は、マリでワゴンRを手放した事だったかも。。。
その時はとてもとても寂しかったけど、同時に自分は自由なんだと感じました。
所有物をリセットする事で、気分的にももっと身軽になれるような気がする今日このごろです。

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2011年4月5日

ミツバチの羽音と地球の回転

鍼灸師の友達のお誘いでミツバチの羽音と地球の回転という映画を観に行ってきました。

瀬戸内海での原発計画に立ち向かう祝島の人々の姿と、2020年までに自然エネルギーへの転換を宣言したスウェーデンの先進的な取り組みを取材したものです。

もちろん、日本史上最悪の原発事故が現在進行中のこんな時期だから観てみようという気になった訳ですが。。。これは本当に観て良かった!自分の知らない事ばかりで非常に勉強になりました。

興味深いのは、この映画が今回の地震の直前に完成したという点です。とても偶然とは思えないようなタイミングに軽い戦慄を覚えながらも、スクリーンから目が離せませんでした。特にスウェーデンが実現してきた数々の自然エネルギー成功事例は、今の日本人にとって大きな希望に繋がる内容だと思います。

その事例のひとつですが、スウェーデン北部のオーバートオーネオ(Övertorneå)という町が紹介されています。26年前、スウェーデンで初めて持続可能な自治体になると宣言した町だそうですが、当時この町は国内で最も失業率が高く、平均収入も国内最低だったため、誰もこの町がエネルギーで自立を果たすとは考えていなかったそうです。

そんななか、彼らは市や県からの支援をあてにせず、自分達の町にある風や森や製材所などの資源を使って、お金をかけずに自立したエネルギーを生み出す工夫をしてきました。映画では、現在オーバートオーネオで稼動している風力発電が、住民の誰ひとりお金を出す事なく、全国の投資家の出資によって建設された様子が描かれています。

また、スウェーデン北部(北極圏)での暮らしに暖房は必須ですが、現在ではほとんど全ての家屋が地域暖房に切り替わり、電気や石油の使用量が劇的に減ったそうです。この地域暖房というのは街全体に70℃前後の温水を供給するシステムで、スカンジナビアの国々では一般的なものですが、その燃料は100%地元の廃材チップで安定的に賄われています。(この廃材は、以前は捨てていたものだそうです)

私がワゴンRでスウェーデンを訪れた時も、似たような光景を目にしました。それはデーゲルフォシュのローシュ夫妻を訪れた時の事でしたが、極寒の地であるにも関わらず、暖房に一切電気を使っていない事に驚きました。家には高性能の燃焼炉があり、僅かな薪をくべるだけで家中に温水が行き渡り、一日中ポカポカに過ごせる仕組みです。スウェーデン恐るべし。

映画では、他にも紹介しきれないほど様々な自然エネルギーが紹介されています。どれも机上の空論ではなく、実際にスウェーデン国内で実現しているものばかりです。しかも、彼らの電気代は却って安くなったというから驚きでした。

。。。と、外国の話ばかり書いてしまいましたが、実はこの映画の最もドラマチックな部分は、28年にも及ぶ祝島の人々の原発計画に対する明確な意思表示です。ですがネタバレはご法度ですので(^_^;)、それは是非スクリーンで、もしくは将来DVDなどを通じて観ていただければと思います。

以下に、予告編のYouTube動画を紹介します。2分程度なので、是非ご覧ください。



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2011年3月29日

About Tokyo

I know how the world is looking at us now. Due to this nuclear disaster, we're considered one of the most dangerous country in the world. Not to speak of it's capital city... but I want to explain something about Tokyo.

There are over 13,000,000 people still living in this city, including myself.
Here, people are working, kids go to school, we're shopping at supermarkets. But it doesn't mean that we're unaware of radioactive substances. Indeed, we know that our environment has changed since that day.

We are 250km away from the plant, which means we're not irrelevant. Our radiation is measured and announced everyday on the Internet. We're monitoring it's movement. Following data are from Tokyo central area.

Date Air
μGy/h
Reservoir 131I
Bq/kg
Tap Water 131I
Bq/kg
Remarks
3/280.111Not Detected9.82
3/270.116Not Detected19.7
3/260.1223437.2 *peak
3/250.1305131.8
3/240.138 7925.6
3/230.144 *peak19025.8Rain
3/220.128 210 *peak18.7Rain
3/210.113 No Data5.25Rain
3/200.0453No Data2.93
3/190.0469No Data2.85
3/180.0485No Data1.47
Before
earthquake
0.028~0.079Not DetectedNot Detected

You can't just compare these numbers, because they're all coming from different data sources, and I omitted the data for 134Cs and 137Cs. It's not for the accuracy, but to see the tendency.

It's clear that the radiation in the air increases accordingly with the rain (rather than winds). Also the water at reservoir, was highly contaminated when it rained. Then few days after that, tap water showed it's peak. So we can estimate that there are possible time difference between reservoir and tap.

Here are the questions:
Can we tolerate this amount of radiation? -- Yes.
Can we still live in Tokyo? -- Yes.
Are we happy with this? -- No.

Well, it's really difficult to say how "safe" it is, because safety always depends on what to compare. Long time ago during World War II, we had 2 atomic bombs and people in Hiroshima and Nagasaki went through radiation. It's somehow ironic that in time of peace, we have radiation again from our own technology.

I'm the one who was really scared with this accident. I still have lots of anxiety. But I'm still here. So if you're living outside of Japan, please don't get scared too much. I bet you're safe. And if you are still concerned, you can study about clean energies like geothermal and tidal power. Please discuss openly about these possibilities with your friends and family.
So we can dream of better future.

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2011年3月24日

地震と津波と原発と

3月11日、地震が来るなり表に飛び出た青山です。ぐらぐら揺れ続ける大地と家と電柱を見つめながら、一体この先どうなってしまうだろうと恐怖ですくんでいました。家も電柱も倒れなかったけど、あの時の灰色の空は忘れられません。前回の離婚といい、今回の地震といい、どうしてアフリカから戻るたびに破壊的な出来事が起こるんだろう。

今に至るまで更新が途絶えてしまったので、これまでの出来事を要約します。
去年、7ヶ月かけてロシアから西アフリカまでドライブしました。道中いろいろありましたが、困った時には必ず助けてくれる人が現れました。飲み水が無くなったと思えば湧き水が現れ、お腹がすいたと思えば食事に誘われ、何度も諦めた悪路ですら目的地への道が示されました。結局、3万キロの道のりをパンクひとつする事なく走りおおせたのは、奇跡だったと思います。

幸運は最後の最後まで続きました。西アフリカのマリ(モプティ)から、パリを経てオランダに滞在し、最終的にはアムステルダムから成田空港まで飛んだのですが、この時、安い航空券の選択肢は3つありました。私はエミレイツ(ドバイ経由)を選択し、快適なフライトで無事に日本に帰国できました。。。が、もしこの時、他の航路を選択していたら、空港テロ(モスクワ)に遭っていたか、革命(カイロ)に巻き込まれていた所でした。ふう、間一髪。

これってもしかして、ロシアで貰ったアルハンゲル・ミハイユ(大天使ミカエル)のお守りのご加護かも!?。。。と感謝しつつ、東京の実家でゆるゆると再起を図っていたのですが。2月中はいろいろ奔走したにも関わらず、いまいち何をしてもうまく行かない日々が続きました。あれえ?なんでかなぁ。。。

そしたら3月に入って、この大地震。
真性チキンの私はショックを受け、それ以来ダウン。。。

東京では電気も水道もインターネットも使え、被災地の皆さんの過酷な状況に比べれば天国のように恵まれていると頭では理解しつつも、精神的に受け止め切れず、糸が切れてしまいました。
ええ、ダメダメです。はい。
しかも再び食欲不振に陥り、両親に多大な心配と迷惑をかけてしまいました。ゴメンナサイ。

津波の規模もさることながら、個人的に最も衝撃だったのは原発事故です。我々の豊かな生活を支えてきた電気という恩恵が、このようなリスクと引き換えだったとは。日本が安全でなかったという事は、原発推進国のどこも安全ではないという事かも知れません。
(そういえば、電気も水道も無かったドゴンの村での滞在は東京育ちの私には不便でしたが、今となってはこの上なく懐かしい想い出かも。。。)

地震のあと、道中出会った大勢の海外の友達からメールを貰いました。ロシア、スウェーデン、オーストリア、オランダ、イタリア、アメリカなどといった国々から疎開の勧めを頂いたり。

いろんな事が現在進行中なので、まだまだ振り返って評価するには早いのだろうな、と思います。
今は、旅を共にしたアルハンゲル・ミハイユのお守りを手元で眺めつつ、道中あれだけの加護を与えてくれた理由と、今回の地震との関連を尋ねてみたいと夢想する今日このごろです。

心休まる日への道のりの遠さを思わずにいられません。

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