「モプティには私が去年から気にかけているハンディキャップの男がいるんだ。足が全く不自由なのに、路上で雑貨屋を営み、自立した生活をしている立派な奴だ。彼に会いにいこう」
ピーターが推薦するその彼はマイガという名前で、私とほとんど同じ年齢でした。10歳のときひどい熱病にかかって足が不自由になり、以来ずっと三輪車に乗って生活しているそうです。
「やあ、調子はどうだい?」「ピーターさん、お久しぶりです。ご覧の通り元気でやっていますよ。2人とも、お茶をどうぞ」
マリの三輪車というのは既存の自転車パーツと車椅子を合体させたような物で、ペダルにあたる部分がハンドルになっており、手漕ぎでぐるぐる回すとチェーンの力で前進する仕組みです。マリでは決して珍しいものではありません。
しかし、マイガの三輪車はひどく粗末な造りで、最初からステムベアリングが入ってなかったらしい。そのため長年の使用によってフロント周りがぐらつくようになり、しょっちゅうチェーンが外れる有様でした。メカニックでもあるピーターは、この有様を見るに堪えかねたのか。。。
「彼に新しい三輪車を買ってやろう」
。。。。出た! 前回ボールで済んだと思ったら、今度は三輪車!? どこにそんな金が!? Σ(゚皿゚)
「心配ない、ワゴンRの利益で十分賄う事ができるさ。つまり、君のお陰だ。共同プロジェクトといこう」
うおー、既に連名になってるし!
まあいいや、面白いからピーターが何やるのか見物しとこう。
さっそくイッサにかけあって、腕のいい溶接工を紹介して貰ったピーターは、「ベアリング含め全て新品パーツで新しい三輪車を作って欲しい」と発注。そんなスグに出来るわけがないと思っていましたが、彼らは物凄く仕事が速く、翌日の夕方にはすでに骨格が出来ててビックリ。見習いの少年が、鮮やかなブルーのペンキを塗っている所でした。はやっ!
そして、ノンボリ訪問(ドゴン)からモプティに戻ってみると、三輪車は立派に完成していました。すごい!
しかしピーターは見た目の良さに騙されないタイプ。フロント周りの出来具合を厳密にチェックし、「ステムの調整が全然なってないじゃないか!こんなデタラメに金を払うわけにはいかん!明日までに直してくれ」と辛口の評価。
へえー、そういうモンなんだ。。。
「まったく、溶接は上出来だったが肝心のメカが分かっとらん。」とブツブツ言うピーター。いやー、ヨーロッパの基準で判断するのは厳しすぎるんじゃ?「おいおい、アフリカだから適当で良いというのかね?あんな品質ではスグに壊れて元の木阿弥だ。貧しいマイガに修理する金はないんだよ。今度こそ長持ちしてくれなきゃ困るんだ」
。。。というわけで、我々がモプティを発つ前日にやっと完成したのが、この逸品!
ステム周りの不具合は修正され、左側にワイヤー式のブレーキまで付いているというデラックス版です。もちろんボディは設計からしてオリジナルだし、ホイール等の部品も全て新品パーツで組みあがっています。
すごーい!ホントに出来ちゃった!
さて、乗り心地は。。。「うーん、ハンドルが重いぞ!」どれどれ。。。あっ、ホントだ重~い。
しかし、地元の溶接工のみんなはここだけはガンとして譲らず、「重いなんて事ありません。僕らには軽いですよ。特にハンディキャップの人は腕力ありますから問題ないです」と、スイスイ乗って回って見せたのでした。ふーむ、腕力の問題か。。。
仕上がりにいまひとつ納得がいかない様子のピーターでしたが、「分かった。ここからマイガの所までテスト走行する」 と三輪車を漕ぎ出しました。
ははは、モプティの街でヨーロッパ人が三輪車に乗ってるなんて面白~い!街の人がみんなピーターを振り返ってます。
途中、他のハンディキャップの三輪車軍団(?)とすれ違い、皆が口々に「うわあ、白人のだんなが三輪車乗ってる!何で!?」と大喜び。面白い一枚が撮れました。
。。。名づけて「モプティ三輪車クラブ」
ピーターと私と交代で三輪車を乗り継ぎ、やっとマイガの所に辿りつきました。
「おまたせ。君の新しい三輪車だ。乗り心地はどうかね?」
「ピーターさん、有り難うございます。。。本当に何とお礼を言っていいか。。。」
我々の懸念をよそに、マイガは新しい三輪車を軽々と乗りこなし、本当に嬉しそうでした。
「このご恩は一生忘れません。。。!」
「いや、いいんだ。これからも商売を頑張ってくれ。マイガ、達者でな!」
■ 長年のパラドックスに気付く
一部始終を見せて貰った私にとって、実に貴重な体験だったと思います。
私はそれまで、アフリカの貧困に圧倒されすぎていたのかも。。。行く先々で出会う貧しい人々の数は尽きる事がなく、どうする事も出来ない自分を無力に感じた挙句に、彼らの存在を無視してきました。誰も助けない事で、私なりに彼らに平等に接していたつもりだったのかも知れません。
一方、ピーターがマイガに2万円近くする三輪車を贈ったのは、明らかなえこひいきです。ピーター曰く「私はハンディキャップに負けずに自助努力している彼の姿勢が好きだ。彼は一度だって私に金銭を要求しなかった。だから逆に応援したいと思ったんだ」
ピーターの見解は私も賛成ですが、「誰を助けるかは気分次第」という点では不公平です。しかし、その不公平な贔屓によって、少なくともマイガという一人の男性に奇跡が訪れたのは間違いありません。私がこだわっていた平等性には何の力もありませんでしたが、ピーターの贔屓には一人の人生を変えるほどの力があったのです。
アフリカを去る前日になってやっと自分が陥っていたパラドックスに気付きました。。。
いよいよ明日、パリへ発ちます。