トップタブ(ページ群)

2010年7月11日

感動のノボシビルスク

イルクーツクから寄り道せずにひたすら4日間走り続け、だんだんノボシビルスクが目前に迫ってきました。ミーハは親友のアレクサンドルと再会するのが楽しみで、朝からゴキゲンです。「僕らはねえ、約束したんだ。僕が東の果てのウラジオストクから、アレクサンドルは西の端のロストフ・ナ・ドヌー(モスクワ南西の町)から、2人で同時にヒッチハイクを開始して、ロシアのちょうど真ん中にあるノボシビルスクで合流しようって。その後は2人で一緒にアルタイ方面へヒッチハイクするんだ。」

そうか、ミーハがヒッチハイクしてたのは、そういう壮大な計画があっての事だったのか。そんな事を思いつくなんて、すごいなあ2人とも。アレクサンドルも同じ24歳らしいけど、どんな人なんだろう。

「アレクサンドルの奴、破格なんだ。どうやら財布も携帯も持たずにヒッチハイクして、もうノボシビルスクに着いてるらしい。」「ええっ!?じゃあ今までどうやって連絡取り合ってたの?彼は今どこに滞在してるの?」「奴と連絡なんか取れないよ。共通の友達がいて、彼はそこを頼っていったらしい。しかも話によると、ノボシビルスクでバイトまで見つけて働いてるって。」「マジで!?」
アレクサンドル、恐るべし。。。

■Mariinskで道を間違える
しかし途中のMariinskという町でハプニングが。実はこの町は、西へ向かう幹線道路が3本くらいに分かれている要所なのですが、看板がちょっと不親切。今までずっと「ノボシビルスク」の表示を頼りに走ってきたのに、Mariinskに入ったとたんに「トムスク」の表示だけになってしまうのです。もちろんトムスクを経由してもノボシビルスクへは行けますが、途中にダートがある上に走行距離も余計にかかります。

実際はMariinskからノボシビルスクまでの舗装路での最短ルートはKemerovo方面へ抜けることです。しかし見る限りKemerovoと書いてある看板はひとつしか無かった。。。ので、何も知らない我々は、そのままひたすらトムスク方面へ走り続け「しまった」と気付いたときには往復80kmのロス。Mariinskに引き返してやりなおし。ああああこっちは急いでるのに~。。。Mariinskには気をつけましょう。

ちなみに、Kemerovoは大きな町です。幹線道路(M53)も北から入って南に抜けるような形になっていますが、こちらはノボシビルスク行きの看板があちこちに立っているので、まず迷うことはないと思います。

■そしてアレクサンドルに再会
そして9時ごろ(まだ全然明るい)になってやっとノボシビルスクに到着。予想はしていましたが、イルクーツクよりも遥かに大きな町で、市街地図のない我々は到着早々道に迷います。ミーハはアレクサンドルの居場所が書かれた住所を頼りに、通りすがりの人に道を聞きまくってなんとか街の中心地へ。私は交通量の多い都市部の運転に全く不慣れで、かなりビビりながら運転してました。。。

そしてついに!ミーハは親友のアレクサンドルと感動の再会!!アレクサンドルはミーハほど英語が堪能ではないけれど、とても紳士的な若者です。出会ったとき、彼はノボシビルスクの開店前のバーで、内装工事のバイトをして働いていました。いやホントすごい、どこでも生きていけるタイプだな~、きっと。。。

こんな風に東西から同時にヒッチハイクして、ロシアの中央で合流するなんて、なんとも粋で大胆な計画を思いつく2人に、言い表せない感動をおぼえる私でした。私のワゴンRが遅いクルマだったせいで、ミーハのほうが到着が遅れてしまったけれども(そしてヒッチというより、ミーハ専属車両みたいな扱われ方だったけど)、こんな瞬間に立ち会えるなんて、なんだか私まで光栄です。

■セルゲイさんの豪華マンション
ナオコ、ここまでずっと走りどおしだったから、ノボシビルスクで思う存分休むことにしよう。大丈夫、僕らを泊めてくれる人がいるんだ。」とミーハ。うわあ、またもやミーハの人脈で泊めさせて貰えるなんて有難い。連日の蚊だらけキャンプ続きで、煙にいぶされまくった私の身体からは燻製のような怪しい香りが漂っています。

そして到着したのは、「バラダ(ひげ)」というニックネームのミュージシャン、セルゲイさんの豪華マンション。内装も電化製品もすべて極めて洗練された一流品で整えられており、私の今までの半野性的なロシアのイメージが完全にひっくり返りました。デザイナーズそのもののこだわりの内装、オール電化のキッチンに全自動洗濯機、清潔なトイレ、最新型のPCとルータ、キャノンのデジタル一眼レフ。うおおおおこれ本当にロシアかーーー!!!

セルゲイさんはミーハのお姉さんの友達だそうで、何でも互いに今日が初対面だそうです(またか!?)。縁のあるミーハはまだ良いとして、見ず知らずのアレクサンドルとヘンな日本人(私)の3人で押しかけたというのに、「私は今月はオフだから、みんなで1週間くらいゆっくりしていくといい」とにこやかに迎えてくれたセルゲイさん。ああ、ロシアってすごい。こういうホスピタリティー精神はどこからやってくるんだろう。。。

御殿のようなバスルームでありがたくシャワーを浴びさせてもらい、3人で寝袋を持参して、ふかふかのソファでぐっすり休ませてもらいました。はぁ~、ここは天国だ。。。。

にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ

2010年7月10日

オイル交換ふたたび挫折

ワゴンRはいちおう5000km毎にオイル交換のつもりでいたのですが、チタ(5000km)で「まだ交換する必要ない」と言われて挫折し、ウラン・ウデ(5500km)ミーハにオイルを追加して貰い、クラスノヤルスク(6000km)で走ったら整備工場を見つけてオイル交換して貰おう、という計画でした。しかし。。。

クラスノヤルスクは大きな街で、幹線道路は市内には入りません。街の北側を大きく迂回する巨大な高速道路のようなバイパスが出来ています。なので、ノボシビルスクへ急ぐ我々はわざわざクラスノヤルスクの街中へは入らず、郊外の小さな町でウロチョロしながらローカルな整備工場を探しました。ところが、結局クルマ屋さん曰くオイル交換はNG。。。理由は、

1.自分のクルマの適合オイル種類(ミネラル/ケミカル)を必ず把握していなければならない。ロシアの車両には整備指示書なるものがあって、そこに指定オイルが銘記されているらしく、ドライバーの好みで自由にオイルを選ぶという発想はないらしい。

2.ロシアでのエンジンオイル交換は10000kmごとが目安らしい。その間は減ったら足す方式で頑張る。

3.10000kmで交換するという事は、当然オイルフィルターも逝っちゃってるので、ロシア人がオイル交換する時は必ずフィルタも交換するのが常識になっている。「フィルタはまだ交換しなくていいです、オイルだけお願いします。」というような外国人のタワゴトは絶対に聞いて貰えない。

4.なので、ドライバーは自分のクルマに適合するオイルフィルターの種類(型番)も把握していなければならない。たとえ把握していたとしても、そのフィルタの在庫が整備工場に存在するとは限らない。残念ながらスズキ系(しかも軽)だと、在庫は微妙。

というわけで、クラスノヤルスクの整備工場でオイルチェックして貰って「うん、ちょっと汚れてるね」と診断して貰ったまではいいのですが。。。ミーハが懸命に通訳してくれたにも関わらず「適合するオイルフィルターの種類が分からないからオイル交換は無理だ」と言われて、追い返されてしまいました。ががーん。Σ(゚д゚lll)

「どうしてオイル交換ひとつでこんなに苦労するの、フィルタ交換はまだ先でいいのに。」と泣きべそでブーたれる私に、「ここはロシアなんだ。フィルタが無いんじゃ仕方ない、ノボシビルスク(+1000km弱)まで走ろう。そこなら絶対に在庫があるはずだから。」とミーハ。

国が違うとクルマに対する常識も違うんだなぁ。。。この調子だと、もしかしたらヨーロッパまでオイル交換なしで走りきるハメになるかも知れないなぁ。。。とブルーな気分でさらに西へと走り続けたのでした。

※追記:もしクルマでのロシア横断を考えているなら、日本からオイルフィルターを2~3個持参しておいた方がいいと思います。トヨタ系、ホンダ系の人気車種(ハイエース、ランクル、RAV4、CR-V等)なら現地調達も問題ないと思いますが、それ以外のメーカーの車両だとフィルタの在庫を探し回るのに日数を費やす可能性があります。(決して無いわけではないので、心配は要りませんが。。。)

にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ

2010年7月9日

クラスノヤルスク迄のまとめ

さて、ミーハいわく「親友のアレクサンドルがノボシビルスクに到着したらしい。僕らも合流したいから、3日で2000km先のノボシビルスクに着けるよう先を急ごう」と、いきなり無茶なオーダー。あのう、ワゴンRってそんなに速くないんですけど。。。

イルクーツクからの道のりとしては、まず1000km先のクラスノヤルスクを経由して、2000km先のノボシビルスクへ行くような形になります。しかも前半のイルクーツク~クラスノヤルスク間の1000kmは必ずしも道路状況が良いとは言えない区間があるので、簡単に整理してみたいと思います。

■7/8 イルクーツク~Tulun近郊
この区間は平原を走る道で、舗装状況も良いです。ただし、幹線道路はTulunの町に入ると看板もなく複雑。ミーハが「ノボシビルスク方面の道を教えてください」と町の人に聞きまくってくれて、やっとTulunを脱出できました。しかも、Tulunを抜けた直後から舗装だかダートだか分からないような古いボコボコ道が40km近く続きます。
(1日の走行距離325km。Kuytunより少し先の森の中でキャンプ。)

■7/9 Nizhneudinsk~Ilanskiy付近
しばらく山道が続きます。ダートが3箇所くらいあり、最初の2つが合計20kmくらいの古い道、後のが工事中ダートで20km以上。なので、この区間はあまりスピードが出せません。地図上では途中にTayshetの街が見えますが、幹線道路はTayshetは経由せずにスルーします。
(1日の走行距離480km。Ilanskiy付近の草原の中でキャンプ。蚊が多くて大変。。。)

■7/10 カンスク~クラスノヤルスク
カンスクは道が悪いと噂では聞いていましたが、路面状況は要注意です。大きな街なので、いちおう北側を迂回するバイパスがあります。しかし、このバイパスが「なんで?」という位、全く舗装されていません。とても幹線道路とは思えない古いボコボコ道をひたすら這うようにして、やっとカンスクを抜けることが出来ます。

このカンスクの悪路バイパスのダートを最後に、クラスノヤルスクまではちゃんと舗装路が続くので安心です。というか多分、カンスク周辺がシベリア最後のダートだと思って良いと思います。
(1日の走行距離586km。Itatskiy付近のヤブの中でキャンプ。ブヨと蚊がひどく刺されまくり。)

■ワイルドなミーハ
ミーハは当然のようにほぼ一文無しだし、私もガソリン代以外は節約したい派なので、連日のように幹線道路を外れてキャンプでした。しかしこの草原地帯はどこも非常に蚊が多く、あまり快適とはいい難いかも。。。しかし彼の野生能力は素晴らしく、どんな場所でも確実に焚き火を起こします。ガスも一応持ってはいるのですが、こういう場所では焚き火のほうが煙が出て蚊除けになるのでベターです。

しかも、ミーハは飯ごうひとつでかなり多彩な調理術を披露。やり方は単純ですが奥が深いです。焚き火の中に飯ごうを放り込んでスープを煮込んだり、フタを使って炒め物をしたりするのですが、ミーハは不安定な薪の上でもウッカリ飯ごうを倒すようなヘマは絶対にやらかしません。また、草原では火が燃え広がらないように、ちゃんと焚き火の範囲をコントロールしています。すごいなあ。

しかし残念ながら彼の片付け能力はゼロで、しょっちゅう食材や道具を失くしては「ナオコー、あれどこ?出して。」とか「僕の無いから君の貸して。」と私は完全に物品管理係。しまいには「ちょっとビールのお金貸して。」というのもよくあったなぁ。あのう私お酒飲めないんで君のビールの予算は本当はないんですけど。(^_^;)

ついでに言うと、ミーハは完全にヒッピー野郎で、まずクツを履きません。ぐちゃぐちゃの泥道でもいつもハダシ。しかもそのドロンコの裸足のまんまで平気で店に入ったりするもんだから、店の人の視線がなんだか冷たい。。。こんな原始人みたいな奴が、本当にサンクトペテルブルグで医者になるのか。なんだか心配だぞ。

にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ

2010年7月7日

イルクーツク着

バイカル湖の周辺でしばらくのんびり過ごしてた間に、贅沢にもバイカル湖の水でワゴンRをがっつり洗車しました。といっても水拭きしただけですけど、見違えるほどピカピカに。さすがバイカル湖の水は違う。(言ってみただけ)

※日本からワックスとか洗車グッズをいろいろ持ってきたけど、シベリアではどこを走っても1日でドロドロになるので全く意味なし。むしろ、ときどき水拭きで窓の汚れや虫の死骸とかを拭き落としてあげるほうが重要だと思います。折りたたみバケツと雑巾一枚あれば十分。

いろいろバイカル湖の想い出が出来たところで、いよいよイルクーツクへ向かいます。湖畔からアップダウンの多い山の中の舗装路を走り続けること数時間、やっとイルクーツクの市街地へ到着。ていうか、予想はしてたけどイルクーツクでかっ!!

ちなみにイルクーツクにバイパスはなく、ウラン・ウデから続く幹線道路(M55)は、思いっきり街の中心地に入っていきます。そして、イルクーツクから西のクラスノヤルスク方面へは、別の幹線道路(M53)が出て行くような形です。

実はミーハの友達のアレクセイさんという人がイルクーツクに住んでいて、我々を泊めてくれるとのこと。うわーん、嬉しいよー。チタからずっとキャンプ続きで一回もシャワーあびてないし。「アレクセイさんてどんな人なの?」「ううん、僕会ったことない。友達の友達なんだ」「えー、そんな関係でも泊めさせてくれるの!?」「何言ってるの。友達の友達だったら、僕らの友達って事じゃないか」
うーん、ロシア人の信頼関係ってすげー。

市街地図を一切持っていない我々は、初めてのイルクーツクで当然のように迷いまくり。アレクセイさんの家がどこにあるかも分からない状態だったので、とりあえずミーハの携帯で電話して、空港で落ち合うことになりました。だけど空港ってどこだ?GARMIN nuviで使っているWorld Mapに一応ヒコーキのマークは見えますけど、そこへ至る道は一切表示ナシ。

いつものごとく、ミーハが街中の人に道を聞きまくってくれました。まず、タクシーのドライバー。「飛行場?うーん言葉で説明するのは難しいから、とりあえずついてきて」とタクシーで誘導してくれました。商売道具でそんな事してくれるなんて優しい~。しかし、それでもさらに空港は見つからなかったので、また別の若い兄さんドライバーに聞いたら、その人もやはり「空港?近くまで案内するから僕のクルマについてきて」と、これまたクルマで誘導してくれるではありませんか。みんななんて親切なんだ。

お陰様で、市街地図ナシでも無事に空港にたどり着くことができ、やっとアレクセイさんに初対面することができました。よかったよかった。アレクセイさんのアパートまで案内してもらい、いつも通りミーハが料理してくれました。ありがとうー。

ちょっと驚いたのは、この古いワンルームのアパートは共同トイレ(ボットン式、もちろんMyペーパー持参のこと)、共同シャワー(シンクにMyシャワーヘッドを持参して接続)だけでなく、炊事用の水道まで共同だったという事。部屋のキッチン(?)には電気コンロがありますが、洗い物は外でしなければなりません。そういえば、タライが置いてあったということは洗濯機も無いという事なのだな。それでも快適に暮らせるという事は、何でもついてる日本のアパートは贅沢すぎるのかも知れないなあ。

そんな部屋でも、ちゃんとインターネットは常時接続でした。ロシアって不思議。アレクセイさん有難うございました♪旅行の日記がPCに溜まりまくっていた私は、LANケーブルをお借りして、ウラーーーと一気にブログ更新。あああスッキリした。
久々にシャワーを浴びてベッドで寝させてもらうことができ、とっても幸せでした☆

にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ

2010年7月6日

湖畔でギャル達とキャンプ

バイカル湖畔まで来ると、朝は寒くて10℃とかです。そんな事もあろうかと秋用のダウンシュラフを使用していたのですが、やっぱり寒くて目が覚めてしまいます。ちょっと前まで40℃超の猛暑だったのに、まったくシベリアの気候は極端だなあ。

ミーハいわく、ここにはバイカル湖にしか生息しないOmul(オムル)という非常に美味な魚がいて、どうしてもそれを料理したいんだ、と張り切っています。路上で販売している、とれたてのOmulを一尾(50R)、それから市場で野菜をたくさん買って、近くの清流のわきでいつもどおり焚き火をし、飯ごうでOmulのスープを料理してくれました。いやコレ本当にムチャクチャ美味しかった!(ちなみにスープは清流から汲んだ水をそのまま使用。この辺の川の水は物凄くキレイです)

さすがバイカル湖は世界一大きな湖だけあって、スケールが違います。この湖は世界の淡水の五分の一を蓄えているだけでなく、その水は未だにほとんど汚染されることなく、飲用に適するほど澄んでいるというから驚きです。もちろん風光明媚であることは言うまでもありません。毎年のように大勢の旅人を魅了するバイカル湖周辺の路上では、世界中から来たバックパッカー、ヒッチハイカー、チャリダー、オーバーランダーなどなど、数え切れないくらいの旅行者とすれ違いました。

ミーハはヒッチハイカーなので、路上で他のヒッチハイカーを見かけると、必ず声をかけていました。もちろん、荷物満載のワゴンRは既に定員オーバーなので乗せてあげることは出来ませんが、それでもヒッチハイカー同志だと話が弾むらしく、楽しそうにしてました。

と、そこにギャル2人組のヒッチハイカー発見。ミーハは突然ボルテージが上がって「女の子だ!停めて!話をしなきゃ!」と大興奮。まあ、若者だから青春を楽しまないとね。どうぞどうぞ。

。。。としばらくヒッチハイカーのギャル達と話をしていたミーハが戻ってきて、「ナオコ、この子達と一緒に湖畔でキャンプするから、彼女たちをこのクルマに乗せる。2人の荷物は僕がキャリアに積むから大丈夫。」はぁ??何言ってるんだこいつ、私に断りもなく勝手にそんな事決めるんじゃねえ~~!!!Σ(゚皿゚)

現時点でも既にワゴンRはミーハと彼の荷物を載せているだけでかなり積載ギリギリ状態。そこに女の子2人と、彼女達の巨大なバックパック2つを積んだら、間違いなく過積載なわけです。「ミーハ、この子達2人を乗せるまではいいけど、そんな重さで悪路に突っ込むのは絶対にイヤ。無茶言わないでちょうだい。」「分かった。悪路になったら僕等はクルマを降りて歩くから、荷物だけでも運んであげて」。。。とのこと。ああもうミーハは本当にヒッピーだから困ります。まあ24歳だからこんなもんか。。。orz

そしてアテもなく湖畔を目指してハンドルを切ったわけですが、たまたま選んだ道が、なぜかラッキーなことに線路を越えて湖畔まで通じる道だったという。今まで何度チャレンジしても失敗したのに。。。そうか、きっとこの子達と一緒にキャンプするのは運命だったんだな。うん、きっとそうに違いない。

そこはVydrinoという湖畔の村を通る道だったのですが、湖が近づくにつれて、道がどんどんボコボコになって行きます。うわああ思ったとおりだ。言わんこっちゃない。なので約束どおり3人には降りて歩いてもらい、結局、幹線道路からキャンプ地(もちろん適当)まで8kmくらいおっかなびっくりで走ったかなあ。

初めて見るバイカル湖はまるで海のよう。適当に決めたキャンプ地はとても素敵な場所でした。ギャル達も旅慣れていて、てきぱきとテントを設営し、焚き木を拾い、料理の準備をしてくれました。もしかしたらロシアの若者って、みんなワイルドなのかもしれない。最初は過積載でどうなる事かと思ったけれど、彼女達のお陰でこんな素敵なキャンプが楽しめたわけですから、やっぱり感謝しないとね。

バイカルの夜はとても寒かったので、私は早めにクルマに退散。ミーハと彼女達が夜どおし何を語り合っていたかは知りませんが、素敵な青春の1ページになってくれるといいな。ちなみにギャル2人の名前はリタとナスチャ。ロシア語の単語をいっぱい教えてくれてありがとう。



にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ

2010年7月5日

バイカル湖畔でガケ落ち

ミーハはどうしてもバイカル湖畔に行きたかったらしく、ウラン・ウデを飛び出してからひたすら湖畔を目指して北上しました。日没までとにかく走り続けて、やっとバイカル湖の南端付近に到着。付近は森に囲まれていて湖はほとんど見えませんが、GARMIN nuviが現在位置を表示してくれるので、バイカル湖がすぐ近くにあることは間違いありません。

しかし、湖畔に行けばどこでもキャンプ出来ると思っていたのですが、その試みはことごとく失敗しました。。。というのは、バイカル湖の岸辺に沿って長い線路が走っており、この線路を越えないかぎり湖畔に出ることができなかったのです。しかも、少しでも幹線道路を外れて脇道に入ると、そこはもう考えられないような激しい凸凹のオフロードで、私は「ノオオオオ~~!!」と叫びながら運転を拒否。

「じゃあ僕が運転する」「頼むからクルマ壊さないで」「大丈夫、僕に任せて。9歳の時から父さんの膝の上で運転してたんだ。こんな道は慣れてるから大丈夫。」。。。というミーハは確かに悪路の運転が上手で、一度でもハマったら2度と出られないような深い溝を上手に避けながらワゴンRを巧みに操っていきます。でも、うちの子2駆なんですけどぉぉぉ~!あんまり激しいところは勘弁して~(゚Д゚)

そうやって、何箇所か湖畔の悪路に挑戦しましたが、どこへ行っても線路を越えて岸辺に行くことは出来ず。。。。気がついたら日が暮れて真っ暗になってしまいました。「私、夜は危ないからあまり運転したくないな。湖畔は諦めて、どこか近場でキャンプ地を探そうよ」と言うと「暗くなってしまったのは僕の責任だ。幹線道路に戻ろう。夜道は僕が運転する」とのこと。まあいいか。。。

ところが、ミーハに運転を代わって貰って幹線道路でUターンしようとした時の事です。路肩の切り返しが必要な所で、バックギアに入れそこなった状態でアクセルを踏んだもんだから、ワゴンRいきなり激しく崖落ち。Σ(゚皿゚)
どうやら彼はAT車のギアチェンには不慣れだったらしい。。。

すんでの所で森に突っ込むとこでしたが、とっさの判断でなんとか無事にストップ。なんとか外に出てみると、明らかに牽引が必要な急斜面でした。危ないとこだったけど、我々もクルマも無事で本当に良かった。ふぅ。

こうなったら、通りすがりの車両に牽引して貰うしかありません。ミーハが路上に出て何台か親切なクルマが助けに来てくれました。さすがロシア人、みんな牽引ロープを持っています。中でも一番強そうだったトラックが、ワゴンRにロープをつないでくれて、何も言わずに引っ張りあげてくれました。ロシア人すげーーーー。

ワタクシ一連の出来事に目が点でしたが、すでに問題は自分で解決できる範囲を超えていたので、現実感ぜんぜんナシ。うーん、でももし無事に脱出できたら、今度からは悪路でもちゃんと責任もって自分で運転しよう、とぼんやり思ったり。

ミーハもこの一件でかなり責任を感じていたらしく、何やら非常に気落ちした様子。クルマも我々も無事だったから別に気にしなくていいのに。それよりミーハ、窮地から手際よくリカバーした手腕はかなりグッジョブ。そして、何も言わずに助けてくれたロシア人ドライバーの皆様、本当に有難うございました。

※追記:この崖落ち事件以降、ミーハが運転したいと言い出すことはありませんでした。笑

にほんブログ村 ひとりごとへにほんブログ村 大陸横断・大陸縦断へ