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2011年1月29日

いよいよ日本に帰国

28日に、ピーターの見送りでアムステルダムのスキポール空港から、エミレーツEK148便(Boeing 777)に搭乗しました。

ドバイ経由の成田ゆき。いよいよ旅も終わりかぁ。(ちなみにピーターはその足でフランスに行ってクルマの買い付けをするらしい。元気なおじさんだ。)

アムステルダム~ドバイ、ドバイ~成田の2レグともエミレイツなので、預け荷物を成田まで運んでくれるというのも嬉しいです。
ドバイがいくらゴージャスな国際空港とはいえ、トランジット中に荷物のことでヤキモキするのはいやですからね~。

さすがエミレーツ!! な、ゴージャスな機体にワクワクしつつ、現地時間の夜11時ごろドバイ空港に到着。真冬のオランダから、いきなり中近東に来たらとても温かく感じました。夜だったけど、外気温は21度です。

ドバイ空港に来るのはこれで二度目。何から何まで産油リッチなドバイ空港の贅沢を十分に堪能しつつ、真夜中のトランジットを楽しんだのでした。

そして早朝2:40にエミレーツEK318便でいよいよ成田へ!東京便は2010年に就航したばかりなので、今後もお世話になるかもしれません。

機内では英語バージョンの「アバター」を見たりして過ごしました。幸い空席があって、窓際の3席が空いてたので、2席を独り占めしてぐっすり眠れてよかった。

7ヶ月の旅が終わるせいかなんか燃え尽きてて、いつもだったらバシバシ撮りまくる上空写真も、今回はゼロでした。

29日の日本時間午後4時過ぎに、無事に成田空港に到着。
両親がクルマで迎えに来てくれていました。遠いのにありがとう~。

久々の実家に戻り、7ヶ月ぶりの湯船につかって。。。

なんか、今までの事は夢だったのかなぁ、と思ったり。

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2011年1月19日

帰国の航空券を予約

ブルーメンダール(Bloemendaal)に来た直後、ピーターが少し体調を崩して安静にしてました。
その間、こちらはいろいろ思い出しながら1ヶ月以上遅れていたブログ原稿を進めたりしてPC漬けです。
真冬のオランダは結構寒いので、つい出不精に。。。

成田空港への安い航空券を検索していたら、アムステルダム発で3つの候補があがってきました。

・エジプト航空 - Egypt Air (カイロ経由) 片道 413 Euro
・アエロフロート - Aeroflot (モスクワ経由) 片道 496 Euro
・エミレーツ - Emirates (ドバイ経由) 片道 539 Euro

最安値優先だったら間違いなくエジプト航空かアエロフロートですが、何となく不便そうなカイロやモスクワの空港でトランジットするよりは、バブリーで豪華絢爛なドバイ空港ゴージャスに乗り継ぎしたい!。。。という気分だったので、3番目のエミレイツを選択。

ただ、オランダの航空券比較サイトで予約しようとしたら、手数料やら何やらで539 Euro → 628 Euro に膨れ上がることが判明しショック。
「だったら直接エミレイツから買えばいいじゃないか」
というピーターの一言で、エミレイツのサイトで再検索。なんとここで直接予約すれば諸費用込みで542 Euro (約6.1万円)に収まる事が判明。
スゴイ!100ユーロ近く節約できました!有り難うピーター!

というわけで無事に日本への帰国便を予約。1月28日アムステルダム発で、UAEのドバイを経由し、翌29日の17:20に成田空港に到着予定。航空券が予約できたことで、ついにこの旅行を終える道筋が見えてきました。。。

※追記:実はこの時エミレイツを予約しておいて大正解でした!実はちょうど1月28ごろ、カイロでは大規模なデモ(エジプト革命)による空港閉鎖があり、モスクワの空港では反政府の自爆テロがあってとんでもない騒ぎになったからです。もしお金をケチってエジプト航空やアエロフロート航空を選んでいたら、すぐには帰国できなかったかも。。。
旅先での直感には素直に従ったほうが良いですね。



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2011年1月16日

ブルーメンダールの家

やがて、葬儀を終えたピーターが例のオンボロメルセデスで迎えに来てくれました。

「やあお待たせ。お陰さまで素晴らしい葬儀で父を見送る事ができた。悔いはないよ。さあ、ブルーメンダールに行こう」

そう言ってピーターはフローニゲンを出発。なんと、これまたなつかしの巨大堤防アフスライトダイクを通っての道のりです。ここは前回ワゴンRでハンスと一緒に通ったことがあります。2度も通れるなんてビックリ!

さてブルーメンダール(Bloemendaal)にはピーターの家があるそうですが、ここはアムステルダムにほど近い美しい村で、なんと結構な高級住宅地らしい。

もちろんピーターが住んでいるのは公営住宅のような質素なアパートですが、着いてビックリ!これまたカッコイイ造りなんです!壁にはアフリカのタペストリーがどーんと飾ってあり、何やら存在感の木彫り土産が飾ってあります。床はコンクリート打ちっぱなしに白木の板を敷き詰めただけ。入った瞬間にギャラリーか何かかと思いました。

「ええぇ。。。ピーター、このインテリア全部自分でやったの?」
「ああ、そうだよ。お金が無かったもんで、床がちょっと歩きにくいかも知れん。すまんね」

って、何言ってるの!超イカしてるって、この床!
ピーターの話を聞いてると絶対に私よりビンボーなんですけど、この家のセンスのよさを見る限り、絶対そんな貧乏には見えない所がすごい。しかも、64歳ですよ?日本でこんな風にインテリアをアレンジできるシルバーが何人いるでしょう?

思い返せば、トビアスの船も、ハンスの家も、パトリックの家もみんなインテリア素敵でした。
みんな男性ひとり暮らしですけど、なんか小奇麗でお洒落なんですよね。

やっぱりジャパニーズはヨーロッパ人の美的センスには敵わないのだろうか。。。orz

この素敵なアパートで、日本への帰国までお世話になることになりました。有り難うピーター!!
無線LANも使えるし、頑張って溜まったブログ原稿を更新するぞー!!

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2011年1月14日

フローニゲンでハンスと再会

旅の神様は実に不思議な取り計らいをしてくれるというか。。。パリを出発したピーターの最初の目的地はオランダ北部のフローニゲンでした。そこが実家なのだそうです。

ピーターは亡くなったお父様の家で葬儀に間に合うよう、弾丸のようなスピードでベルギーとオランダを縦断します。すげえおっさんだ。

で、ピーターが家族の家で葬儀の準備に関わる間、私はなつかしいハンスと一緒に過ごすことになりました。「こんな形で再会できるなんて夢みたいだね!」とお互いに再会を喜ぶ我々でした。

何と言っても、この旅にとってハンスは本当に欠かせない存在だったと思います。SIMカードを譲って貰ったお陰でヨーロッパやアフリカで携帯が使えたこと、Open Street Mapをガーミンに移植して貰ったお陰でアフリカで迷わなかったこと、ほかにも感謝すべき事は山のようにありました。彼には心からお礼を言いたかった。

ハンスの家に滞在中、駅近くの美術館のロシア美術展に連れて行ってくれたり、ロシアグッズを扱う専門店で買い物したり、ロシア映画を観たり、とにかく互いにロシアファンという事もあってロシア尽くしの日々でした。



最近までのアフリカ体験が強烈すぎて、ロシアの記憶が薄れかけてきていた頃だったのですが、ハンスのお陰で旅の原点となったロシアの素晴らしい想い出が蘇ってきました。もう忘れてしまったと思っていたロシア語の単語も、不思議と記憶に蘇ってきます。

アフリカからヨーロッパに戻り、再びロシアに出会う。。。

まるで、今回の旅行で学んだ事をおさらいしているような、不思議な気分。まるで出来すぎたシナリオみたいです。旅の神様は、何かを教えようとしてくれていたのかも知れません。

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2011年1月11日

再びタナボタでパリ観光

■1/10 モプティ~パリ [旅客機]
イッサに見送られつつ、セヴァレ(Sévaré)にあるモプティ空港からPoint Afrique(ポワンアフリーク)の飛行機に搭乗。私もピーターもかなり荷物を切り詰めたはずなんですが、それでも2人でやっとの大荷物。

※モプティ~パリの航空券は全てイッサが手配してくれたものですが、価格は実にリーズナブルな395Euro(約4.5万円)でした!

あまりアフリカを去るという実感が湧かなかったけど、ジェット機が滑走路に舞い降りてきた時はさすがに胸が躍りました。しかもパリへの航路は、今や治安の関係で訪れる事の出来なくなってしまったアルジェリア上空だったのです。窓の下には無限に続く砂丘群の神秘的な模様が描かれていて感動でした。最後の最後まで西アフリカの素晴らしい風景が見られて良かった!

パリのシャルル・ド・ゴール空港に到着した時はなんか夢みたいな気分でした。しかし、ここからが地獄。。。パンパンのバックパックとキャンプ用品や冬の装備などが詰まったバッグを抱えながら、RERとメトロを乗り継いでモンパルナス(Montparnasse)へ。ピーターが馴染みにしているという安宿(Le Nouvel Hotel Du Theatre)に到着したした頃にはヨレヨレ。。。

■1/11 再びパリ観光、冬のエッフェル塔
実はクルマ商人のピーターは、フランスで中古車の買い付けする為にわざわざパリに来たわけですが、商談は翌日だったので空いた1日をパリ観光にあてることにしました。私としては偶然大好きなフランスに再び戻ってくれた訳ですからタナボタです。ヤッター!

フランス通のピーターは「美術館(La Musée Du Quai Branly)でアフリカ文化展を見よう」と渋い事を言うので、一緒に行ってきました。つい先週あたり見てきたドゴン族の仮面や木彫りのすごい奴がたくさん展示してあって、なんだかまた西アフリカに戻ったような不思議な気分。

しかし、おのぼりさんな私としては、やっぱりエッフェル塔とかノートルダム寺院とかに行ってみたいわけです。セーヌ川沿いを延々と歩かせてしまい、ピーターちょっとお疲れモード。だよね、この人きっと見飽きてるよね。(^_^;)

パリはすっかり冬の装いで、木々の葉は落ちなんとなく寒々とした雰囲気でした。それでも再びエッフェル塔の前に自分が立っているというのが信じられなくて、一体どういう巡りあわせだろうと一人で感激してました。やっぱスゴイー。

■1/12 中古車の買い付け
いよいよ商談の日、パリ郊外のシャルトル(Chartres)まで電車でGO!ピーターはここで懇意にしているフランス人カーディーラーのジミーから中古の激安メルセデスをお買い上げ。これまたどんだけボロいって、ボンネットあけて自力で何か(点火用ヒーター?)を結線しないとエンジンがかからないという代物。

「メルセデスは長持ちするから、オンボロでも値がつくんだ」とゴキゲンなピーターですが、私はこの光景を見て、なぜ彼がワゴンRの程度が非常に良いと絶賛していたかが何となく分かった気がしました。。。「ナオコ心配ない!君のワゴンRのお陰で儲けさせて貰ったから、帰国までの交通費は全部私が持つよ!」

あ、ありがとうピーター。。。で、乗ってみて分かったんですが、このメルセデス全く暖房が効かないし。あ、あのー、今って真冬のヨーロッパだよね?(゚д゚lll)


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2011年1月9日

モプティ三輪車クラブ

「モプティには私が去年から気にかけているハンディキャップの男がいるんだ。足が全く不自由なのに、路上で雑貨屋を営み、自立した生活をしている立派な奴だ。彼に会いにいこう」

ピーターが推薦するその彼はマイガという名前で、私とほとんど同じ年齢でした。10歳のときひどい熱病にかかって足が不自由になり、以来ずっと三輪車に乗って生活しているそうです。
「やあ、調子はどうだい?」「ピーターさん、お久しぶりです。ご覧の通り元気でやっていますよ。2人とも、お茶をどうぞ」

マリの三輪車というのは既存の自転車パーツと車椅子を合体させたような物で、ペダルにあたる部分がハンドルになっており、手漕ぎでぐるぐる回すとチェーンの力で前進する仕組みです。マリでは決して珍しいものではありません。

しかし、マイガの三輪車はひどく粗末な造りで、最初からステムベアリングが入ってなかったらしい。そのため長年の使用によってフロント周りがぐらつくようになり、しょっちゅうチェーンが外れる有様でした。メカニックでもあるピーターは、この有様を見るに堪えかねたのか。。。

「彼に新しい三輪車を買ってやろう」
。。。。出た! 前回ボールで済んだと思ったら、今度は三輪車!? どこにそんな金が!? Σ(゚皿゚)

「心配ない、ワゴンRの利益で十分賄う事ができるさ。つまり、君のお陰だ。共同プロジェクトといこう」

うおー、既に連名になってるし!
まあいいや、面白いからピーターが何やるのか見物しとこう。

さっそくイッサにかけあって、腕のいい溶接工を紹介して貰ったピーターは、「ベアリング含め全て新品パーツで新しい三輪車を作って欲しい」と発注。そんなスグに出来るわけがないと思っていましたが、彼らは物凄く仕事が速く、翌日の夕方にはすでに骨格が出来ててビックリ。見習いの少年が、鮮やかなブルーのペンキを塗っている所でした。はやっ!

そして、ノンボリ訪問(ドゴン)からモプティに戻ってみると、三輪車は立派に完成していました。すごい!

しかしピーターは見た目の良さに騙されないタイプ。フロント周りの出来具合を厳密にチェックし、「ステムの調整が全然なってないじゃないか!こんなデタラメに金を払うわけにはいかん!明日までに直してくれ」と辛口の評価。
へえー、そういうモンなんだ。。。

「まったく、溶接は上出来だったが肝心のメカが分かっとらん。」とブツブツ言うピーター。いやー、ヨーロッパの基準で判断するのは厳しすぎるんじゃ?「おいおい、アフリカだから適当で良いというのかね?あんな品質ではスグに壊れて元の木阿弥だ。貧しいマイガに修理する金はないんだよ。今度こそ長持ちしてくれなきゃ困るんだ」

。。。というわけで、我々がモプティを発つ前日にやっと完成したのが、この逸品!

ステム周りの不具合は修正され、左側にワイヤー式のブレーキまで付いているというデラックス版です。もちろんボディは設計からしてオリジナルだし、ホイール等の部品も全て新品パーツで組みあがっています。
すごーい!ホントに出来ちゃった!

さて、乗り心地は。。。「うーん、ハンドルが重いぞ!」どれどれ。。。あっ、ホントだ重~い。
しかし、地元の溶接工のみんなはここだけはガンとして譲らず、「重いなんて事ありません。僕らには軽いですよ。特にハンディキャップの人は腕力ありますから問題ないです」と、スイスイ乗って回って見せたのでした。ふーむ、腕力の問題か。。。

仕上がりにいまひとつ納得がいかない様子のピーターでしたが、「分かった。ここからマイガの所までテスト走行する」 と三輪車を漕ぎ出しました。

ははは、モプティの街でヨーロッパ人が三輪車に乗ってるなんて面白~い!街の人がみんなピーターを振り返ってます。

途中、他のハンディキャップの三輪車軍団(?)とすれ違い、皆が口々に「うわあ、白人のだんなが三輪車乗ってる!何で!?」と大喜び。面白い一枚が撮れました。
。。。名づけて「モプティ三輪車クラブ」

ピーターと私と交代で三輪車を乗り継ぎ、やっとマイガの所に辿りつきました。
「おまたせ。君の新しい三輪車だ。乗り心地はどうかね?」
「ピーターさん、有り難うございます。。。本当に何とお礼を言っていいか。。。」



我々の懸念をよそに、マイガは新しい三輪車を軽々と乗りこなし、本当に嬉しそうでした。
「このご恩は一生忘れません。。。!」
「いや、いいんだ。これからも商売を頑張ってくれ。マイガ、達者でな!」


■ 長年のパラドックスに気付く
一部始終を見せて貰った私にとって、実に貴重な体験だったと思います。
私はそれまで、アフリカの貧困に圧倒されすぎていたのかも。。。行く先々で出会う貧しい人々の数は尽きる事がなく、どうする事も出来ない自分を無力に感じた挙句に、彼らの存在を無視してきました。誰も助けない事で、私なりに彼らに平等に接していたつもりだったのかも知れません。

一方、ピーターがマイガに2万円近くする三輪車を贈ったのは、明らかなえこひいきです。ピーター曰く「私はハンディキャップに負けずに自助努力している彼の姿勢が好きだ。彼は一度だって私に金銭を要求しなかった。だから逆に応援したいと思ったんだ」

ピーターの見解は私も賛成ですが、「誰を助けるかは気分次第」という点では不公平です。しかし、その不公平な贔屓によって、少なくともマイガという一人の男性に奇跡が訪れたのは間違いありません。私がこだわっていた平等性には何の力もありませんでしたが、ピーターの贔屓には一人の人生を変えるほどの力があったのです。

アフリカを去る前日になってやっと自分が陥っていたパラドックスに気付きました。。。

いよいよ明日、パリへ発ちます。

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